2.
不躾に何度も鳴らされる、呼び鈴の音が頭に響くようだった。
ううん、と呻きながらも、気だるくてどうにも起き上がる気になれない。窓から射す光が酷だと感じる。
壊れたメトロノームのようにしつこくなり続けた呼び鈴も、我慢しているうち、いつの間にか止んでしまった。
イギリスは玄関に立つ誰かとやらに、勝ったような気持ちになる。
ガタッ、と窓際の方向から派手な音。それも明らかに犯罪のにおいがするような、不穏な雰囲気の。
何だと思い、しかしのろのろ音の方向に目をやると、きらきらと光る金髪の頭。
実は、あらかたしつこく呼び鈴を鳴らす不届き者といえば、この男だとは予想がついていた。
無残にもはずされた窓枠を恨めしく思いながら、よっこらと体を折り曲げて入ってくるフランスを見やっる。
しかし改めて、朝一番にこの男の顔を見たことに些か不快感を覚えた。

「うおっ、ひっでえ顔」

いつもならここで笑われているところなのだが、今日のフランスは「大丈夫かよ」と丁寧に一言付け加え、顔を顰めた。
そんな風に心配されるなんて一体自分はどんな顔をしているのだろう、とイギリスは純粋に思う。
余り自分では、検討がつかないことであった。
しかしフランスの言うとおり、腫れた瞼とむくんだ輪郭で、相当ひどいものなのだろう。

「あーあ、すっげ散らかってるしな……。こうなる前に、電話してくれりゃ良かったのに」

ぽつり、と。呟きのような、ぼやきのような。それは、そんな類の話し振りだった。
何と返事をしたら良いのか、イギリスにはよくわからない。仕方なし、黙ってしまう。
フランスは大げさに溜め息をつき、ひりひりする瞼にキスをしてくれた。
そして出た一言は、さながら小さな子どもをしかるように、「バカ」。
いつものイギリスの口癖だったが、その口調は自分とまるっきり違うものでひどく優しい。
止めてくれ、と思った。何しろ、その優しさにまた泣き出しそうになる。
散らかっている結局乗らなかった航空機の切符、優勝候補から外れてガラガラに空いていた野球ナイターのチケット。
それら全て、イギリスが夜を共にした男絡みのものだということを、フランスは知らない。
尤も頭の良い彼のことだから、薄っすら感ずいているのかもしれないが。

「まだ泣き疲れてるんだろう、可哀想に。もう少し、いや午後まで、眠ってれば良いさ」

さらりと撫でられた人差し指。そういえば昨晩、切ってしまったのだ。すっかり忘れていた。

「胃、いたい。人差し指も、いたい」

細切れの言葉に、フランスは一々うん、うんと頷く。
実は先ほどから胃が、底から絞られているように痛い。
きっと、空っぽだった胃にあんなものを投げ込んでしまったのが悪かったのだろう。
とんだ反省だった。

「胃薬と、絆創膏を持ってきてあげよう。それまで良い子にしててね」

甘ったるいほど、優しい語りかけ。再び、降りかかるキス。
フランスが薬箱から胃薬と絆創膏を探し当てるまでの間、こっそり人差し指を目の前に翳して眺めていた。
思いのほか、よく切れていた。ぱっくりと開いた赤い傷。
しかし、どうにも致死量にはならなかったんだな。と、どこかでそんなくだないことを考えた。
そしてそんな拍子に、だらりと全身の力が抜ける。
もし、このまま眠ってしまって。
そうしたらフランスは口移しで薬を飲ませてくれるのだろうか。
眠っている自分の指に、恭しく白いガーゼを当ててくれるのだろうか。
そして何より、またキスをしてくれるのだろうか。そんなことを思った。


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