3.
あれま、とフランスはひとり、声にする。
スースー寝息をたて、体を丸めるイギリス。童顔に加え、そんな幼い仕草を素直にかわいいと一瞬だけ、思ってしまった。
せっかく忠犬のように胃薬と、ガーゼを持ってきたというのに。
自分が見ていない間に一体どれだけ崩落した生活を、彼は送っていたのだろう。
嫉妬の入り混じった、なんとも幼稚なことを思う。
それからあれこれ色んなことを考えるうち、フランスは己の哀れさがいっそ愛しいくらいだ!と帰結させる。
おそろしく苦い、錠剤の胃薬と少量の水をくちに含み、そのままイギリスに口付けた。
初めての試みなので、うまくいくかなと心配したが、彼は器用にも小さな喉を上下させて錠剤を飲み込んでくれた。
細い指先に合わせ、折りたたんだガーゼを傷口に巻きつける。
端っこを少し真っ二つに千切って、それを結び合わせると素人ながら見た目はなかなか良い具合にいった。
眠っているときにまで小難しそうに、眉間に皺を寄せるものだからフランスは前髪を掻きあげ、つるりとした額に唇を寄せる。
すると幾分かその表情は晴れ、まるで昔、イギリスがまだ舌足らずな子どもだった頃を彷彿させた。
ほんとうはそんな顔を、いつまでも隣で頬杖をつきながら眺めてもいたかったのだが、まずこのリビングを何とかしなければならない。
ソファーから細い体を持ち上げ、ドアを足で蹴って開け閉めしながらベッドルームへと移動した。
眠っていて力が入っていないためか、思ったよりも重みを感じる。
だからといって運ぶのに苦労するほどかという訳でもなく、むしろ悲しかったのは手に感じたの骨の堅さ、感触だった。
そっとベッドの上におろし、名残惜しい思いをしながら最後に髪を撫でる。くすんだ髪はきしきしに痛んでいた。
起きるまでに浴室も掃除しておかなければ、なんて自然と考え付く。
やはり、イギリスと同じくらい、そんな己の哀れさがいっそ愛しいくらいだ。そんなことを、フランスは再確認した。
片付けるという行為自体は、まるで散らかった子ども部屋を掃除する母親のようだった。
途中で飽きてしまった積み木を買ったときみたいにちゃんと並ぶよう、おもちゃ箱に戻すみたいに。
うっかり食べこぼし、絨毯につくったお菓子の染みをとるみたいに。
しかし、その一つ一つのつぶさな中身といえば、ちくりちくりと心を刺されるようなものでもあったのだ。
野球や航空機のチケットは二人分だったし、ジャイニズムの彼が旧約聖書などというものを持っていることも不可思議に感じる。
他にも、明らかにイギリスの趣味ではないようなストラップのついた鍵やら。
何度もつきかけた溜め息をぐっと堪える。その度、幸せが逃げていくような心地がしたからだ。
なんだかんだでリビングの他に浴室を洗ったりしているうち、午後がやって来た。
最後にガラスの花瓶に、パッと咲いた一輪だけの白いガーベラを彼の眠るベッドの隣に飾った。
まるでガーベラは誰かの幸福を願うように、頭を垂れてなにかに祈りをささげているようでもあった。
目を覚ましたとき、イギリスは喜んでくれるだろうか。そんなことを、思った。