1.
体全体を乗っ取られてしまったような倦怠感と、泣きはらした目の痛みに目を覚ましたのは真夜中だった。
部屋は薄暗い。しかしカーテンを閉めていないため、街灯の橙色の光が僅かに手元まで届いている。
ソファーの上に横たわったまま、まず最初に考えたのは『ゴミを出さなければ』と、まあくだらないことだった。
うざったいほど現実味のある、とてもくだらないこと。
燃えるゴミの回収が明日であり、捨てなければと思うものが山ほどあったのだ。
数ヶ月も賞味期限の切れた、ベーキングパウダー。
結局乗らなかった航空機の切符、優勝候補から外れてガラガラに空いていた野球ナイターのチケット。
それから未開封のままの、遠い昔にもらった恋人からのプレゼントも屋根裏に眠っている。捨てなければ、とは思っていた。
じわり、と目尻を濡らした涙が、イギリスは鬱陶しかった。

さみしい、というのはとても便利な言葉だ。
何しろ、イギリスの感情を簡潔に表してくれる。しかし一口に言えども、それに入り混じる感情は様々ではあるが。
簡単に言ってしまえば、孤独感に近い胸苦しさ。
他人の体温は確かにあたたかい。ただその体温を奪うことはできても、混ざり合うことはできないのだ。
何より他人の体温を奪うのは一方的すぎであるし、代わりに自分が与えられるものといったら冷たい温度と、僅かな質量の愛情だけ。

手元を頼りなく探ったのは、空腹感からだった。それは久しい感覚だった。
満たされている、なんていう見当違いからいつも満腹感を得ていた。
手繰った指先が触れたのは、ポケットブック。持ち上げてみると、とても軽い。
旧約聖書。神の教えを説くものとは思いがたいほど、紙の一枚一枚はぺらぺらだ。
それはイギリスの私物ではなく、一夜限りの客人が置いていったものだった。
てっきり、もう捨てたとばかりに勘違いしていたのだが。明日捨てなければ、とイギリスはやはり思った。
捲ってみると、細かい黒の印字の羅列がまるで寝ぼけ眼には虫が這っているようで気持ち悪い。
ぺりっ、と千切る。紙の角に指先を切られたがそんな小さなこと、今となっちゃ構いやしない。
そのまま口へ運んで、弱々しく咀嚼する。
何故だか、舌に広がる僅かに甘み。少し、意外な発見である。
ただ食感はやはり紙であり、気持ち悪いなと思った。
今しがた食べた部分は、果たして何と書いてあったのだろう。
キリストを崇拝する旨の文字だろうか、或いはダムとイヴを罵る文字だろうか。
ぱさぱさの口内から食道にかけ、乾いた紙はひどく張り付いて痛いくらいだった。
しかし当たり前のように、相も変わらず満たされた気にならない胃が可哀想でもあった。
倦怠感に身を委ね、瞼を閉じる。訪れた暗闇は、泣きそうなくらい今のイギリスには心地良かった。


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