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急に得た数日ばかりの休日に、イギリスは困り果てていた。
遠く島国に住む旧知の友人を訪ねようかとも思った。だが、今彼の国ではアジア陣営による会合が開かれていて、きっと忙しいに違いない。
彼に負担をかけるのは申し訳ないので、それは止めにした。
いつものように刺繍をし、庭をいじるのも良いのだが、何しろそれだけでは時間は余り過ぎてしまう。
それに刺繍糸はちょうど切れていたところだし、庭もこの間の週末に整えてしまったのでいじるところなど、もうなかった。
ふとカレンダーを見ると丸数週間、恋人に会えていないことに気づく。
それからいろんなことを、イギリスは考えたり思ったりした。
相変わらず散々な食生活をしているのだろうかとか、浮気なんかしていないだろうかとか、上司や部下を困らせているんではないだろうか。
イギリスはぱっと思い立ち、家をあとにした。



アナウンスを聞き流しながら、ブランケットを自分の肩にかけた。
アメリカに行くと上司に伝えて書類の整理を少し手伝い、それから簡単に荷物をまとめ家を出たのが夕方。
今はもうすっかり、ブラインドの向こうで夜空が広がっていた。
体が全て隠れるには、少し小さい。はみ出た足が寒いな、とイギリスは思った。
ちらりと隣を盗み見ると、気障な長髪をした男が座っている。
年の頃は三十代前半くらいだろうか。見ようによっては二十代の終わりのようにも見えるが、よくわからない。
上等そうなグレーのジャケットを着ていて、中はラフな白いカットソー。それに赤いストール。
とりわけ派手派手しいわけでもないが、すらりとした体にはよく似合っている。
フランスの国民だろうか、と考えた。それでなければきっと、イタリアだろう。

「アロー?」

しまった。目が合った。
俯きがちに「ハロー」と、返事を返す。にやにやとする男。フランス人だ、と根拠のない確信を持つ。
ふと男の手が伸び、ブランケットがもう一枚イギリスの体にかけられる。
二枚分のブラケットはそれなりに重さもあったが、それよりも自然な優しさに対してわずかな感動を覚えた。

「セン……や、メルシー……」

センキュー、と言いかけたが、途中で慌てて首を横に振って言い直す。
慣れない言葉には少し気恥ずかしさも入り混じったが、男はそんなイギリスを見て微笑む。

「君は、イギリス人だろう」

男は英語で尋ねた。とても完璧な発音だった。
ホワイ、とイギリスはすこし苦虫を噛み潰したように尋ね返す。

「なぜって、そりゃそんな時代遅れのパンクスな格好したのは英国人しかいないだろう」
「……」

はは、と笑った彼はたしかにハイセンスな格好をしている。
しかし折角の休日だからと思って、自分の好きな服を着たイギリスはかちんとし、思わずおし黙った。

「……あ、いやいやごめんごめん。馬鹿にするつもりじゃなくてさ、君は細身なんだからもっと似合う服があるだろうと思ってね」

それでも気をつかってか、男は苦笑い気味にフォローのようにそんな言葉を付け足す。
どこかで聞いたことがあるセリフだと思った。たしかフランシスにも似たようなことを言われたことがある。
いわく、顔と体のパーツは良いのだから、そんなバイオリンの演奏会に行くようなかっちりとした、若しくは売れないパンクバンドのような格好をするな。と。

「ところで君はなんの用で、アメリカまで行くんだい」

男は一方的に、悪くなった空気を取り払うようにまた別の質問をした。
しかし、口ぶりといいさっきの親切な行動といい、男はイギリスのことを自分よりも年下だと思っているらしい。
心外だと思わないこともないが、それについて本当のことを言う必要などない。
イギリスは男の勝手な想像に任せることにし、口を開いた。

「急に暇ができたから、ふらっとあっちに住む恋人へ会いに」
「それは素敵だね、充分楽しむといい」

完璧な発音ではあったが、ときおりフランス語のように妙な甘さを含んだ言い方だった。
しかしそれは永年の隣人を思い出させ、イギリスは一種の安心感に包まれながら眠りに付いた。



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