紙面に散らばったクッキーの粕を払い、イギリスはブルーインクの万年筆を握った。
まず長方形を描き、南向きの玄関だけを取り付ける。
特に定規は当てていないのだが、イギリスのきっちりとした性分のためか方眼紙の直線に沿ったきれいな線が引けていた。
向かいの椅子に腰掛け、頬杖をつきながら興味深そうにこっちを見てくるフランスの瞳と、ちらと目が合う。
海のような青いふたつの目は、ぱちりと大きなグリーンアイに微笑んだ。
そんな表情は、思いのほかフランス現らいの顔立ちのため格好がつき、イギリスをどぎまぎさせる。
ぱっと赤くなってしまった顔を再び、方眼紙に向けて万年筆のペン先を走らせはじめる。咄嗟の照れ隠しというやつだ。


「あ、そこに窓あったら良いな。それもとびっきり、デカいやつ」

広い廊下を書いていた途中、フランスは言う。
イギリスは言われたとおり、図面の中にとびきり大きな窓を書いてやった。
思い切った吹き抜けの玄関から続く、広い廊下。
そこに大きな窓があれば確かに良いかもしれない、とくに白い枠がいい。とイギリスは思う。
白い窓枠の横にアリスや、ウサギのインテリアなんか置いたらとてもかわいい。
ブルーインクはさらさらと紙の上を滑り、さまざまに増築していった。
二人で一緒に入っても大丈夫な、とても大きな大理石のタイルでつくられたバスルーム。
イギリスの膨大な書籍のための、ちょっと古めかしいつくりをした書庫。
フランスが快適に使えるキッチンには、たくさん収納スペースがあるといい。家電は日本製が良いだろう。
二人で語らうの談話室は、日当たりが良くてあたたかい西日がたくさん降り注ぐ。
こだわりの庭なんかはガーデニングはもちろん、茶会のためにスペースもある。
そして何より、書庫にある本棚の一つは回転式で、そこから秘密通路の繋がるのだ。
使い道は様々で、もしも喧嘩したならばイギリスはそこに隠れるもできる。
それから、こっそり二人で世界から逃避したいときにだって最適だ。
誰も知らない小さな世界へ、通路は誘ってくれる。
そんな秘密通路を書いたところで、ふとイギリスの手が行き詰まり、いったん止まる。
続きについてどうしようか、とばかりフランスのほうを見ると、彼は小首を傾げて含み笑いをした。
拍子に揺れた、ウェーブがかった金髪から清潔感のあるソープの香りがした。
すん、と鼻をすます。ソープの他に、ほのかに混じった薔薇の匂い。香水だろうか。こちらは余り好きではないな、と直感的にイギリスは思う。
しかし夜には、自分もこの匂いを身に纏っているらしい。余り実感のない話しだった。
パッと思いついたように、イギリスはフランスのための一室を、付け足す。
そこに彼の好みの服をしまい、棚に香水を並べる。
そうしたらどれだけ素敵な部屋ができるだろうな。と、そんなことを思った。フランスのセンスに対し、イギリスは密かに好感を抱いている。
そしてあれこれ考えているうち、トランジスタ・ラジオが午後三時の時報を告げた。
ノイズ交じりにアナウンサーが告げる時刻を耳にしたイギリスは、方眼用紙をテーブルの隅へ追いやり、そして小花柄のティーカップを戸棚から取り出してキッチンへと立った。