雨だ、とイタリアは窓の外を眺めながら呟く。
灰色の空が広がり、雨粒が窓を叩いている。いつものロンドンの情景だった。

「雨だよ、ねえ。雨!」

指をさしてはしゃぐイタリアに、パソコンへ向かっているイギリスは「やかましい」と一言、くれてやった。
次の会議のための資料づくりで、イギリスは忙しかった。
しかしイタリアはと言えば気楽そうに窓の外を見ている。
どうやら彼は空を眺めるのが好きらしい、とイギリスが最近気づいたことだった。

「革靴じゃなくて、長靴でくれば良かったなあ」

ぼそりと呟いたイタリアに、イギリスはいまさらながら彼のことを馬鹿だと思った。
こういう馬鹿さが彼にとっての一種の魅力であり、不幸でもある。

「おい、お前んとこの草案、まだ提出されてねえぞ!」

若干すごんだ声で言うと、しまったという顔がこちらを振り向く。

「ごめんなさい!許して、叩かないで!」

涙声の訴えに、イギリスは栗色の頭をはたきそうになった右手をぎりぎりで止めた。
黙ってその右手を下ろそうかと思ったが、どうにもガードをするように小さく丸まったイタリアが小動物に見えてたまらない。
代わりにそっと髪の毛を撫でてやると、ぱあっと微笑んだ顔がこちらを向く。
イタリアを例えるなら、小型犬だろうなとイギリスは思った。
しかし、まだ草案の提出がされていないのはイタリアだけだった。
日本とドイツが一番に出し、フランスやアメリカですら今回は期限を守っている。
はあ、とイギリスは溜め息をついた。

「ロマーノと相談して、ちゃっちゃと書き上げて来い。ただし、午後の四時までだ」

大急ぎで小型犬は上着を羽織り、自国へと帰っていった。


*

イギリスを動物に例えるなら、絶対に猫だと腐れ縁の隣国に言われたことがある。
理由を尋ねると、可愛げのないところや、腹立たしいほど澄ました態度がそのまんまだと言う。
しかしイタリアはその点、愛さるべき性格を持ったところや、人懐こいところが小型犬そっくりだ。
それも、コーギーっぽいとイギリスは思う。
近所に茶色い毛並みののコーギーを飼っている家があるのだが、よく散歩している姿を見かける。
そのたび、そこの家の犬はイギリスの足元に擦り寄ってくるのだが、まるでその姿がイタリアに似ていると思う。

「たっだいまー!!」

玄関からどたばた、こちらへ走ってくる足音。
彼が来るだけで家が賑やかになるようにイギリスは感じた。
ただし、ただいまという表現を、ここのイギリスの家で使うというのは些か誤用のような気がしてならないのだが。
イタリア、もといコーギーは尻尾を振りながらイギリスの目の前にファイルを突き出す。
中身をぱらりとめくると、少ない時間のわりにはそれなりの出来。
きっとイタリア兄弟だけでなく、ドイツにでも手伝ってもらってもらったのかもしれない。

(子どもの宿題を手伝う親か)

内心、ドイツにそんな苦言を漏らす。
甘やかしすぎだと一瞬思ったが、そんなとき自分と元弟についての関係がふと頭によぎって自分が言えたセリフじゃないとやはり撤回した。

「ねえ、仕事が終わったら外へ行こうよ」

明るく提案してきた子犬を「はいはい」と、頭を撫でるをなでながらあしらう。
今日の仕事というのも、あとはイタリアの分の書類を印刷し、各国の人数分刷れば終わりだ。

「じゃあ、これコピー15枚な。これで今日の仕事は終わりだ」

イエッサー、とイタリアが敬礼の真似ごとをする。
そんなイタリアがコピー機の前で15枚を待っている間、イギリスは紅茶のカップを片付けた。
窓の外は、もうすっかり雨がのいて晴れ上がっている。アスファルトの地面がキラキラ輝いていた。

「隊長、終わったであります!」

イタリアがそうキッチンにいるイギリスのもとに笑顔でやってきたのと、食器棚にカップをもどしたのはほぼ同じだった。
受け取った紙を確認すると、確かに15枚。
イタリアはイギリスの袖をひっぱり、急かした。まるで散歩をねだる犬のように、イギリスには見える。
玄関には見慣れないレインブーツと言うべきか、赤地に白い水玉の長靴が一足。
本当に履いてきたのだと驚きながら玄関のドアを開けると、太陽の光が差し込んできた。

「ねえ、虹だよ!」

そう指差された方向には、確かに七色の虹がかかっている。どうも、数年ぶりに見たような気がした。
長靴で水溜りを蹴るイタリアの隣を歩いていると、近所のコーギーがこちらに向かって走ってきた。
リードを持っている女の子はコーギーの力に負けているらしく、半ば引っ張られている。

「こんにちは、カークランドさん」

女の子がこちらに向かい、微笑む。赤いチェック柄の吊りスカートを履いた、かわいい子だった。

「ああ、こんにちは。相変わらず元気だな」

足元に寄ってきた犬の頭を撫でると、飛び跳ねるようにはしゃぐ。

「わあ、かわいい!」

大声をあげたイタリアがしゃがんで、コーギーを撫で回す。
そんな一人と一匹を見て、イギリスはほんとうにそっくりだと思った。

「カークランドさんのお友達ですか?……なんだか、うちの子に似てますね」

女の子がくすくす笑いながら、イギリスに耳打ちをする。
釣られてイギリスもそうだな、と笑った。
そんな二人に、コーギー二匹がこちらを向いて不思議そうな顔をして何かと尋ねたが、女の子とイギリスは教えてやらなかった。