イギリスー、イギリスー。

呼びながらフランスはまるで猫でも探している気分になった。
広い屋敷内で、彼を見つけるのは毎度、骨の折れることだった。
しかしまあ飽きもせず、こうやって付き合う自分も大概だろうが。
そう思いながら、キッチンの戸棚を探して回る。
シリアルに、小麦粉。そんなものが並ぶばかりで、どうにも彼はいそうにない。
早くしないと。フランスは思いながら、舌打ちをする。
早くしないと、折角の焼きたてのスコーンが冷めてしまう。
別に冷めたって美味い自信はあるが、しかし温かいうちに食べた方が数倍美味しいだろう。
そしてそんな焼きたてのスコーンに、彼の紅茶をあわせるとさぞかし幸せなことだろう。

「イギリスくーん、眉毛くーん」

もう一度、大声をあげて呼んでみる。
そこらの猫の方がよっぽど聞き分けがいい。そんなことを思った。
階段を上がり、角にある談話室に入ってみる。今日、まだ探していないところはここだけだった。
クラシックなつくりをした、革張りのチェアが四つ。
しかしそこに彼は座っていないのを、フランスは知っている。
代わりに、部屋の隅の方へ目を向けた。

「……お」

暖炉の陰に、無造作にはねる金髪が見えた。
やっと!と思いながら覗き込むと、大きなグリーンアイがこちらを見てぱちりと瞬きをする。
途端、彼は白けた顔で栞を閉じ、持っていた本をぱたりと閉じた。

「今日は少し手間取っちまったよ」

そう言ったフランスに、彼はハッと小ばかにしたように笑ってみせた。
小さな隅に、彼はすっぽり細い体を収め、膝を抱えて座っている。さながら、小さな子どものように。
フランスと恋人になる前から、彼にはいつもこんな癖があった。
広い屋敷内のどこかの部屋の隅に、こうして華奢な体を小さく折り曲げて座り、童話やら専門書やらの本を広げるのだ。

「さ、おいで」

フランスが手を差し伸べると、それに応えるようにイギリスもその手を掴む。
触れた指が驚くほど冷たく、フランスは彼が寒かったことを知った。
見ればワイシャツ一枚の薄着で、いっそ痛々しいように見える。
自分が着ている黒のカーディガンを彼の肩にかけてやったが、すると自分のほうがかえって寒くて若干の後悔。
しかし、リビングに戻れば、差し込む午後の光がさぞかし暖かいだろうとフランスは考えた。

「スコーンを焼いたんだ。材料があったからね」

フランスは言う。へえ、とイギリスは頷いた。
矢張り寒かったらしく、仄かに赤い鼻をカーディガンの袖口でこする。
ルーズな感じのカーディガンは幾分、袖が長くて中指の先がちょっと見えるくらいのつくりだった。

「だからさ、紅茶でも淹れてよ。アッサムとか」
「アッサムじゃコクがありすぎる。スコーンならアールグレイや、フレーバード系が一番だ」

イギリスがそう、至極真面目に言い返す。
何故料理全般に関しては壊滅的なのに、紅茶となるとこうなるんだろう。何百年経っても解けない、フランスの一生の謎だった。
階段を下り、リビングへと戻る。日差しが暖かい。
カップとソーサー選びから始まり、まるで一つの洗礼された儀式のように紅茶を淹れる姿を見やり、
フランスは、何故彼と過ごす一日はこうも過ぎ去るのが早いのだろう。と、そんなことを考えた。