03
花束を抱え、大通りを抜けるといつのまにか住宅地に近づいていた。
はじめての土地だが、どこからか感じる底からの退廃的な活気じみた妙な空気のにおいというのはアメリカの外れの土地らしかった。
ふと思いつき、足をとめたのは大型スーパーの前だった。洗剤や食材、さまざまな種類のものを低価格で売ることで有名なごく庶民的なものだ。
きっと彼の家といえば、ジャンクフードやらアイスばかりなのだろう。それは考えなくてもわかる話しだった。
平日のスーパーといえば主婦ばかりで、そんな中買い物カゴ片手のイギリスの姿は少し目立った。
少し恥ずかしいような気もしたが、なにしろ久々に手料理でもつくってやりたいという気持ちがそれ以上に強い。
「ベーキングパウダー、ベーキングパウダー……」
広い商品だなに苦労させられながら、イギリスは眉を顰めた。
なにしろベーキングパウダーひとつにも、サイズやカロリー、ささいな違いのある商品がいくつも並んでいるのだから選ぶのが大変難儀である。
あれこれ色んなものを放り込むうち、カゴはしだいに重さを増していった。
非力な自分の腕力をのろいながら、やはりアメリカと来たらよかったのかもしれないと思う。
「今日はもう、良いか」
本当はスコーンに塗るジャムを数種類、それからミルクティーのためのミルクも欲しいのだが、とりあえずは我慢した。
また明日にでも、もしくは今日の夜にももう一度アメリカと来ようとイギリスは勝手に決めた。
重たいカゴをなんとか持ちながら、レジまで足を進ませる。
自分の国でこんな風にスーパーなんかへ買い物に出かけることは殆どないのだが、この国に来ると決まって大型のスーパーで食材を買う。
それもいつものシャツにジャケットなんかの格好ではなく、いたってラフな若者っぽい格好で。
それはイギリスにとって息抜きのようで、また普段の自分からの気分転換でもあった。
会計を済ませ、店を出る。さすがにこの荷物で歩くのは無理だと思い、バス停のベンチに座る。
時刻表を見ると、アメリカの家の方面のバスが来るまでは数十分の時間があるらしい。
それまで読みかけの文庫本でもと思ったのだが、どうやら飛行機のシートへ置いてきてしまったらしい。かばんにも、ポケットにも見当たらなかった。
「あー、やっちまった……」
とんだ悪癖だと思いながら、小さく漏らす。文庫本自体は大した額ではないが、そういう問題ではなかった。
自分でも不思議なほど、昔から忘れものが多い。
それによってすごく困ったという場面はまだないが、今までで少しばかり厄介に思ったことは多い。
あーあ、と溜め息をつきながら足を投げ出す。いつものきっちりした革靴ではなく、スタッズが光るブーツだ。
暇を持て余しながら、しかないので今さっき買ったばかりの紙袋からペットボトルの紅茶を取り出し、数十分、人間観察に徹することにした。
まばらな人影はエプロンを首からかけた主婦がほとんどで、ちらほらその横をちいさな子どもが歩いているくらいだった。
しかしそんななか、目をひいたのは金髪の少年だった。歳の頃は十二、三といったところだろうか。
怜悧な青い瞳は大人びていて、賢そうな印象を受ける。
身なりはといえばきちんとしたシャツに黒のリボンタイと、サスペンダーのついたハーフパンツに黒ハイソックス。
住宅街には不釣合いな、まるで良家の子息がバイオリンの発表会にでも行くような装いだった。
少年はひとり、歩道に立っていた。まるでそこだけ景色が違うように見え、少し異様のようでもある。
しかし、それ以上にイギリスは少年の顔に見覚えがあるようで、しかしどうにも思い出せない。
思い出そうとし、小首を傾げていると青い瞳とかち合った。
どうすればいいのだろう、とイギリスは短い間に考える。愛想笑いをして気味悪がられたら傷つくし、かといって目をそらしたら悪いのかもしれない。
とりあえず、と思いながら日本の真似事のように会釈をすると、彼も同じようにした。
「 !!」
遠くからなにか声が聞こえ、その方向をパッと見ると、派手な銀色の髪をした若い男が手を大きく振っていた。
あいかわらず何か言いながら少年のところまで男は走り、かわいくて堪らないといった表情で少年の頭を撫でた。
言葉はよく聞き取れなかったが、特有の巻き舌からドイツ語だろうと思った。
少年は青い瞳を瞬きさせる。イギリスには少年が一瞬だけ、嬉しそうに微笑んだようにすら見えた。
二人は手を繋ぎ、やがて反対方向へと歩き出す。
背筋の伸びたかっちりとした少年と、若者らしい派手な格好をした男のちぐはぐな後姿を見ながら、イギリスはドイツに住む兄弟二人のことを思い出した。
やがて少年の背は伸び、男に追いつくのだろう。
きっと男は少年に迷惑をかけながらも、しかし二人で幸福に暮らすのだろう。そんなことを、思った。