椅子に座りながら、オーストリアは彼女の紙袋から取り出した小さな小瓶を眺めた。
「街で買ってきたんです、オーストリアさんに似合うと思って」
それは紫のマニキュアだった。綺麗な菫のようなパステルカラーの。
「右手を出してください」
拒否権はないのだろう。正確にはあるのだが、少なからずオーストラリアにとってはないようなものだ。
多分、拒んでしまえばたちまち彼女のこの笑顔は失われて、悲しそうな顔をし、そして一人で泣いてしまうだろう。
言われたとおり、右手を差し出した。
彼女は笑みを浮かべ、どこか楽しそうに差し出された右手の、まず親指をとった
早速マニキュアを塗るのかと思えば、そうではなくて小脇のポーチにまず手を伸ばした。
ローションや手鏡、マスカラにビューラー。様々なものがポーチから覗いた。
そしてその中から取り出されたのは、今度は透明のマニキュアの小瓶と細長い爪磨きだった。
「直に塗って、それでお終いではないんですか」
まず一本一本爪磨きをされ、その後に透明のマニキュアを最後の左手の小指に塗られながら尋ねた。
段々彼女に差し伸べる手が疲れてきて、痛かった。
「そのまま直に紫色を塗っても良いんですが……。ただ、それでは爪が痛んでしまうんです」
それから彼女はマニキュアについての説明をいくつかした。
初めて聞く言葉が多すぎることと、この部屋が日当たりが良すぎてぼんやりしてしまったことで生憎説明の五割は聞き逃してしまったが。
ただ、今彼女が塗っている紫色の後にももう一つ、色をカバーするためにトップコートなるものを塗らなければないらしい。
一口にマニキュアと言っても手順があった大変だ。そう思ったが、どうやら彼女はそんなの少しも気にもとめない様子だった。
「できました」
まるで職人が一仕事終えたように、彼女は満足げな表情をした。
「ありがとうございます」
綺麗な菫の紫色に染まった指を光にすかしながら、オーストリアは言った。
まだ乾いていないらしく、少し生々しく光っていて液体っぽい。
しかし帰ってきたら、果たして同居人は何と言うかな。オーストリアはそんなことを考え、くすりと笑みをこぼした。