窓の外は曇っていて、ひどく気だるい。
ちら、と横を見るとすやすや眠る、まるで子供のような寝顔があった。
眼鏡をがないせいか、前髪をおろしているせいか、いつもよりも随分幼い印象を受ける。
けれど相も変わらず繊細な顔立ちで、フランスはいっそ憎たらしいとすら思った。

「坊ちゃーん」

呼んでみたが、当然返事はない。フランスは一人取り残されたような気持ちだった。
人差し指の先ですっと彼の顔をなぞってみる。
唇はふっくらしていて気持ちよく、頬はすべらかで赤子のようだ。
ふと、スッと通った鼻筋に触れたところで鼻をつまんでみた。

「……苦しいのですが」

神経が過敏な音楽家はすぐ目をさました。
片眉がよせられ、ひどく機嫌の悪そうな表情をしている。

「離しなさい」

彼の声はどんな楽器よりも音楽的で、綺麗な透明感ある音をだす。
彼の喉は腕の良い調律師に管理されているのではないかとフランスは思った。
フランスは手を離してやると、彼は呼吸を再びして酸素を取り戻す。
目元が潤み、仄かに赤みを持って少しだけ熱っぽい。
人妻はさすが色っぽいな、とかそんなくだらない事を思いながらフランスはそんな目元にキスをした。

「旦那にはこんなこと、秘密だよ」

ひみつ、という語感が何故だかすとんと胸に落ちるのを感じながら言った。

「ええ、もちろん。二人だけの」

やけに含みのある言い方をした返事をし、彼は悪戯っぽい表情をする。
やがて、夕暮れがくる前、この人妻の旦那が帰って来る前に、にフランスは早々とこのベットと家を出て行かなければならない。

「愛してるよ」
「ええ、私もです」

ふふ、と耐え切れなくなったように彼が笑った。釣られてフランスも笑う。

「なんて滑稽なんでしょうね」

まったく、その通りだとフランスも思った。